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先生ヒストリー

# 第十五景 分からないから、面白い、やめられない

2020.06.10

長澤和夫先生の、今に至るまでの経緯について詳しく教えていただきました!
授業についてはこちらから。


長澤和夫(ながさわ・かずお)先生
生命工学科

―続いて、経緯をお聞きしていきたいと思うのですが、概ね修士・博士課程の後の経緯はどのようでしたか? 僕は博士を取得後、理化学研究所に入所しました。8年、理化学研究所にお世話になりました。その後、東大の分生研*で約3年お世話になりました。分生研は研究所なので、学生は主に他大学から来ていました。その後2004年から農工大でお世話になっています。今年で15年強になりました。ずいぶん長くお世話になってしまっていました笑。
―農工大に来てすぐ授業はもたれましたか? すぐ講義をやりましたよ。―割とすんなりできましたか? どうですかね?笑。やはり苦労したと思います。
 でも私は教え魔で、教えるのは好きですから。
―教え魔ですか笑。

そんなことやってる場合じゃないかもしれない

―研究者になろう、と思ったのはどういった理由だったんですか? 僕は当然ですが化学が好きなんです。面白いことが本当に沢山あるんですよ。特に有機化学は面白いことが多い。

 まあ、この企画も重要だけども、そんなことやってる場合じゃないかもしれない。勉強したり研究した方が面白いかもしれない。
―そうだと思いますね笑。研究はしたいです。でも、なかなか、研究しても身の保証が危ういのかなと。 あまり、そういうことを考えると、何もできないですよ。例えば、就職する時、大手の会社とベンチャーと、二つの選択肢があったらどちらを選びます?多くの日本人はベンチャーじゃなく、大手企業を選択すると思います。でも欧米人は、ベンチャーを選択する場合が多いそうです。最初から責任ある仕事をやり、そこでステップアップしていく、という経験をたくさん積む。いろいろなことを経験して学びながら、自分を高めるという意識が強い。これはとても重要なことだと思いますよ。
 だからコーノさんも、研究が好きだと思ったら、いずれまた研究する機会を求めて活動されたらいいと思いますよ。
―そうですね、ゆくゆくは社会人修士とかで戻れたらいいなと思いますね。 社会人ドクターとして戻ったら?修士だと中途半端だから。―学部から博士ってなれるんですか? それは、修士相当の学力がある、経験を積んできたなど、認定してもらえれば、大丈夫だと思いますよ。会社や現在の所属期間で、学術論文を執筆していたり、基準が色々かもしれませんが。農工大では研究生を経験してから博士に進学する場合もありますよね。
 社会に出てからだったら、修士より博士の学位を取得した方がずっといい。修士を取得した人は沢山いますよね。けれども、博士の学位を持っている人は今でも少ない。あと博士はその過程で、物事をよりサイエンティフィックに考えることがトレーニングされるので、とてもいいですよ。科学的に物事を考えて、説明したり発想したりすることができるようになる。これができるだけでも全然違います。科学の世界の面白いことも沢山見えてくる。
―博士課程がトレーニングになるっていう認識がなかったですね。 博士を取得したら、それを活かして活躍できる。研究でもいいし、例えば、サイエンスライターでもいいんですよ。サイエンスライターも、博士の学位を持っているかどうかで、論点が異なってくる。説得力も変わってくると思う。

授業と研究は両輪で

 僕は講義で教えている内容と、研究内容とが近いからだと思いますが、講義の準備をしているときに、研究のことやアイデアを思いつくことが良くありますよ。講義の準備をする中で、研究内容について考え直したり、教科書に書かれている内容を、自分お研究の観点からもう一度理解し直すきっかけなどが、毎回必ずありますよ。
 だからやはり、講義の準備には時間かかってしまいますよね。ただ講義と研究は全く独立しているものではないので、講義の準備は、研究のことを違う角度から考えるいい時間でもあります。

 例えば、もし私がコーノさんのような森林学科の学生さんを教えることになったら、森林の中に溢れている化学成分のテルペン類、例えばピネンとかリグナンなどに興味持つだろうなと思うわけです。そしたらそれらを調べるきっかけができ、多くの知らないテルペンの科学を知ることになる。生合成はもちろんですが、森林の中でのテルペン類の役割など。その中で研究のアイデアも沢山でてくることがあるんですよ。「これはまだわかってないんだ」って。

 だから講義と研究は、全く別ものではないですよ。私は今、生命工学科の教員なので、生命工学科の学生は薬、創薬などに興味があると思い、有機合成と創薬に関連したことを調べることが良くあります。例えば現在、がんの治療のためにいろんな薬がありますよね。薬でがんを治すことを、「がん化学療法」というのですが、このがん化学療法は、何時くらいに始まったと思いますか?
―…戦前とかにはあるんですかね…1920年ぐらいですか? 1950年ぐらい。がん化学療法の歴史はとても短い。始まったばっかりです。 ―(゜゜)そうなんですね! じゃあ、始まったきっかけって何だと思う?―全然想像できないですね。 がん化学療法のきっかけは、第一次世界大戦。1900年初頭ですね。その50年くらい前、1850年頃にドイツの化学者がマスタードガスを合成しました。これが第一次世界大戦で化学兵器として用いられたんです。その後、マスタードガスの欠点を改良したナイトロジェンマスタードが合成され、ドイツ軍が大量合成した。アメリカ軍も合成したのですが、アメリカ陸軍は同時に、これを解毒するための研究を開始した。その過程でナイトロジェンマスタードが細胞の増殖の速い組織に集積し、突然変異を引き起こすことを見出した。この観察をきっかけに彼らはナイトロジェンマスタードががんに効くのでは、と考えすぐ、がん化させたモデルマウスを用いて実験を行ったんです。そしたら確かに癌塊が消えた。
―へえ! これがきっかけとなり、世界最初のがん化学療法治療薬として、ナイトロジェンマスタードが使われたのです。日本では、ナイトロジェンマスタードの窒素を酸化したナイトロミンが開発され、つい最近まで抗がん剤として用いられていました。現在では、この薬剤の効くメカニズムと同じ反応機構で作用するより選択的で強力な薬剤が沢山開発されています。

 抗がん剤のきっかけ、知ると面白いじゃない?―面白いですね笑。ドイツが戦争のために作ったガスがきっかけなんですね。 そう。戦争のために開発した、それがきっかけなんですよね。そして重要なのは、どうして効くのか、のメカニズム。ここに重要な有機化学の反応が潜んでいます。この反応がどうしてDNAの病気であるがんを治すのか、そのメカニズムがとても重要で、私にとっても、とても勉強になります。

 実は私も初めよく知らなかったんです。でも勉強して見てとても面白く思いました。そこで講義にこの反応や抗がん剤ができてきた背景なども、取り入れてみよう、と考えました。抗がん剤の歴史は不思議ですよね。偶然が重なっているんですよね。
―笑。 これは本当にちょっとした例です。このような話題は身の回りの化学を含めてまだまだ沢山ある。

 是非コーノさんも興味があって機会があれば、やってみたい研究を楽しんでみてください。森林の樹木同士は様々な有機化合物を介して、お互いにコミュニケーションを取り合っているそうですね。まだまだ分からないことだらけのようですよ。きっとやめられなくなります笑。沢山勉強してみてください!
―ありがとうございます笑。頑張ります!


 工学部の学生から「わかりやすい!」という声の多かった長澤先生の授業は、授業で伝える要点を絞りつつも、理解を促す脱線話が非常に多彩でした。黒板に今日の進行がメモされていたり、毎回の小テストで自分の理解度が確かめられるなど多くの授業で応用できそうです!

授業百景第十五景はいかがでしたでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!


* 分生研…現在の東京大学定量生命科学研究所。2018年4月1日に、東京大学分子細胞生物学研究所から改組・改称された。