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先生ヒストリー

# 第十八景 カナダの図書館でじっくり論文探索&日本の本を読みあさった

2020.08.12

五味先生の、今に至るまでの経緯を詳しく教えていただきました!
五味先生の授業百景はこちらから。


五味高志(ごみ・たかし)先生
地域生態システム学科

なんでもやってみる エコ・ネットワークでの経験

―農工大の先生となるまでの経緯を教えていただけますか。 北海道大学の修士課程を修了して、博士課程に行こうかなと考えていたんですけど、どんなテーマで研究を進めるか迷っており、迷うくらいなら仕事しようと思って札幌にある、エコ・ネットワーク(http://econetwork.jpn.orgを参照)で仕事させていただきました。
 そこでは委託調査、市民向けのガイド、自然観察会などのガイドブック作り、夏はイベント講師をしたりしていました。面白くて新鮮で、いろいろな意味で人とのつながりを学びましたね。例えば、鳥のことを全然知らなくても、来る人には鳥の情報を伝えないといけないことから、勉強しないといけない。でも、市民講座に参加している方の中には、すごく詳しい人がいますので、その方に聴いてみるなど、頼ることも学びました(笑)。
 教壇に立って教えるというのは農工大で授業をやるようになってからですが、人前で何かやるというのはそこで働いていた時の経験が役立っているように思います。市民講座の受講者は親子から博識な年配者まで非常に多様で、それぞれの人への伝わり方も様々でした。また、専門的な知識を整理して、それらを人にどうやって伝えていくかということ含めて勉強になったなと思います。
 エコ・ネットワークでは2年半ぐらい仕事をしました。仕事そのものはとても面白かったので、迷いもしましたが、その時には20代後半になっており、ドクターに行くなら今しかないと思い、ドクターは海外にと思っていたので、退職してカナダに行きました。

 カナダのバンクーバーに行きましたが、渡航直後にはTOEFLの基準点を満たしていなかったので、まずは英語学校に行きました。基準点は取れた後も、指導教員として、自分を受け入れてくれる先生を探す段階になってなかなか簡単には受け入れてもらえませんでした。なんだかんだで1年間くらい、無所属の状態でしたね(笑)。
 ただ、その間、大学の図書館で論文を探索して研究計画を練る時間に費やせました。また、バンクーバーの市立図書館には、日本語の本も沢山あったので、日本にいるとなかなか読まない本を読みあさりましたね。当時は、インターネットもそれほど普及していなかったので、日本語の文字に飢えていたのでしょうね(笑)。それが、意外と、後々になって役立っているなという感じはあります。
 もうお金も尽きかけて、そろそろ帰国しようかと半ばあきらめていたとき、大学の森林学部の事務の人から「新しい先生がくるからその人なら受け入れてくれるのではないか?」と言われました。頻繁に事務室にも顔を出していたので、事務室でも気にかけていただいていたことに、その時に気が付きました。
 そして、その先生に指導教員となっていただけたのですが、たまたま日本の森林総合研究所に滞在経験のあるアメリカ人でした。その後、4年半を経てドクターを修了できました。

専門分野を教えるための知識と能力が問われる博士中間試験

 博士論文の研究では、南東アラスカでの森林管理と渓流環境のプロジェクトに参加し、夏はアラスカで調査、それ以外はバンクーバーに戻ってデータ整理や解析、授業を受けるという感じで最初の2年間が経過しました。アラスカでの調査はかつて大規模な皆伐を行っていた森林が、二次林になる過程で河川に流入する倒木の量とその役割を評価する調査で、渓流内の倒木量と土砂量を現地で計測・観測していました。アメリカ森林局の宿舎で泊まり込みの調査ですが、そこには、夏休みに全米各地からアルバイトや調査研究の学部生や大学院生が来るので、共同生活で楽しかったです。アラスカですと、秋が近づくと鮭が川を遡上しますが、それをみんなで釣りに行き、日本人として寿司を握ったり、イクラを醤油漬けにして食べたりしていました(笑)。当時のアメリカの学生が何を考えているかを知るいい機会になりました。

 博士課程では、中間的な視点としてComprehensive Examinationというのがあります。これは通称コンプスと呼ばれています。この試験では、研究の進捗を確認するという目的と同時に、当人に専門分野を教える能力や知識があるかということが試されます。将来、専門家として誰かに教えることを見据えてその達成度を確認します。5名の審査委員がそれぞれの課題を出します。分厚い教科書を数冊渡され「これ読んどいて」と言われて、その内容を頭に入れて口述と筆記の試験を受けました。コンプスを修了することで、それまでは博士学生(Dr.student)でしたが、博士候補(Dr.candidate)になります。
―とても面白いです。将来は教える立場になるという想定の試験なんですね。 そう。博士の最終試験よりも大変だったと思いますが、今ではすごく良かったと思っています。教科書を一冊頭に入れるので知識が体系づけられます。教える知識も尽きますが、それぞれの分野における自分自身の研究の位置づけも明確化できました。

 博士修了後は、ポスドクとして1年間、大学の演習林で実験的な施業による渓流への影響の評価に関する研究をしました。その後、研究員として京都大学防災研究所に移りますが、北海道の森林を見た後、アラスカやカナダの森林を見てきて、改めて日本の本州の森を見るというのはすごくいい機会でした。その後、2007年の10月から農工大に来ました。

学生にとって、学問と実社会との関係は見えづらい

―農工大には10年以上いらっしゃるんですね。 そうですね。農工大へ来るまでは、ポスドクや研究員として、院生や学生のサポートや現場の調査ということが多く、授業の機会はありませんでした。ただ、人前で何かを伝えるということは札幌で働いていた時から実践していたので、授業づくりそのものは、時間があれば、それほど大変じゃないかなという感じでした。
 あと、最近は自分が教えられることは限られているなと思い、学生に社会人の声を聴かせないといけないと思っています。社会で今の学問がどう役に立つか(立たないか?)を知ってもらう必要があると思います。外部の農工大の卒業生などが大学に来る際には、現場のお話をしてもらっています。

 授業は、「これは面白いな」と思ってもらうための「きっかけ」でしかないと思います。なんとなくシラバスを見てこの授業聴いてみようっていう学生が、あるきっかけで「これはもっと知りたい」という、能動的なスイッチが入ることで、それが後々の「学び」や「研究」につながるといいと思っています。人によってきっかけになることは違うので、学問と実社会とのつながりも、そのきっかけの一つになるかと思います。

五味先生の研究室には世界から色々な先生が訪れる。
パソコンを通してもう一人の先生と3人で打ち合わせ。

 五味先生のお話では、授業づくりから自分自身も学びつつ、学生への教え方について自分にも実験をしているということが印象的でした。また、良い授業を作るためにはある程度の準備時間は必要、とも仰っていました。私も履修していたリモートセンシング論の授業では、周りでわからない人がいればわかる人に聞くなど、学生同士で教えあうこともできるフランクな雰囲気でした。

「授業百景」第十八景はいかがでしたでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!