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先生ヒストリー

# 第九景 Better a broken bone, than a broken spirit🔥

2020.05.14

赤坂先生の、今に至るまでの経緯について詳しく教えていただきました!
授業についてはこちらから。


赤坂宗光(あかさか・むねみつ)先生
地域生態システム学科

博士課程へ進学するか、企業で働くか

―続いて、現在までの経緯についてお聞きしていきたいと思います。概ね修士以降はどのような経緯でしたか?

 生物多様性の保全に取り組む国際環境NGOや国際協力機関で働く専門家になりたくて、修士課程の後、そのまま博士課程に行きました。でも、博士課程の在籍中に進路に悩んで、数社だけ就職活動をしました。それで環境コンサルタント会社に内定をもらったけど、結果としては辞退しました。理由を短く言うと、東京の本社の勤務を希望したのに、内定の連絡が、06から始まる番号、つまり大阪から来て、大阪勤務と言われたからです。

 これは、大阪という場所や希望が通らないから嫌というわけではなく、企業で働くことは生きる場所を選べないということに、気が付いたからです。それで、何人かの方に相談させていただいた後に、改めてやっぱり研究の方を続けようって思いなおしました。

 その後は、コンサルタント会社の嘱託職員をして生活費を稼ぎつつ研究を続けていました。ただ、その会社の方にはとてもよくしてもらって、JICAの海外短期専門家として2か月くらいブラジル行く機会もありました。
―ブラジルですか(゜゜)! 小学校の時に1年間アメリカにいたのでそんなに抵抗はなかったし、いろんなところに行きたいっていう元々の希望あったので。

研究の道を進むか、それとも・・・

 話を戻すと、北海道大学で学部、修士・博士課程を出てD4で修了してから、数か月北海道大で無給の研究員をした後、つくばにある国立環境研究所にポスドク研究員で働いて、それから九州大学、その後、東京大学ですね。
 あと、高校の教員免許を持っています。―そうなんですね(゜゜)!高校の先生になるということも考えていましたか? それも面白いかなと思っていました。でも、教育実習の時に自分には向いていないと考えなおしました。あ、塾の講師もやっていたし、教えるのは嫌いじゃないですよ。
―塾の先生もやっていたんですね。 塾の先生や家庭教師をはじめアルバイトはいろいろやっていましたよ。学生がアルバイトするなら、接客業をやった方がいいと思います。結局どんな仕事で生きていくのでも、人があって仕事があるので、相手と会話のキャッチボールをすることが多い。それに大学卒業して、そのままコンビニの店員になる人は多くないかもしれませんが、コンビニを全く利用しない人は少ないと思います。だから店員として、裏側から自分の身近なサービスの仕組みや、世の中がどういう風に動いているかを知ることは、大事かなと思って。
 相手の立場に立つってことって、授業をするときにも大事なので、そこにも繋がるかなと思います。
―確かに、想像力に繋がりそうです!

 で、話がまたそれましたが、東大勤務の後に農工大に来ました。東大のプロジェクトである程度は自分のやりたいことが出来ていました。でも、その時35歳だったので、もうそろそろ定職につきたいと思って、公募に応募してどうにか採用してもらいました。実は以前から35歳までに研究に関わる定職に就けなかったら、研究とは違う方向の職を考えることにしていたので良かったのかな。
―そうなんですか。どういった方向でしたか? 実現したか分からないけど、その時に考えていたのは果樹園をやれたらいいかな、と思っていましたね。農工大の公募が決まらなかったら、具体的に何をやるかを調べ始めてようと思っていました。学生時代に結構いろんなバイトをしていたので、全く仕事がなくて食べられなくなるという不安はなかったので、もう少し挑戦してもいいかなと。

自分がどうしたいか、を考える

 農工大に来てから、大学初任の先生はみんなそうだと思いますけど、僕も最初は徹夜に次ぐ徹夜で、自分で自分に倒れてくれたらいいのに、って思ってましたよ。―(*_*) 結構つら…かったですか。 はい。すーごく辛かったですよ。本当に。ずーっと1日3時間しか寝てなくて、その中でもやっぱりちゃんと、15回の授業を作るのって、結構大変でした。
―大変ですよね(*_*)… あと、僕が農工大に来て思ったのは、学生との距離が近くて、授業が丁寧な先生が多いということですね。
―そうなんですね!でも、先生との距離が近いというのは私も思います。

―教壇に立って誰かに教える、というのはいつが初めてですかね? 大学2年生ぐらいから、塾講師として集団相手の授業をやっていて小学生から高校生ぐらいまで教えていました。家で弟に教えるとかだったら、小学生ぐらいの頃からやっています。後は、教育実習で高校生に教えていたし、いわゆる教壇の授業ではないですけど、大学院生の時に私立大学のGIS(地理情報システム)用の部屋で、学生の相談を受けたり、一般の人にGISを教える講習の講師をやったりしていましたね。
―これまでに授業をしていて、大きな変化はありましたか? アクティブラーニングを取り入れようとしていることですかね。先ほど、講義の一部を学生に委ねるという話をしましたが、それは研究室にいた大学院生の話を聞いて取り入れました。その大学院生は、アクティブラーニングの講習会に自主的に参加して「教員が必ずしも答えを出す必要はない」という考え方に感銘を受けていました。彼との会話で、自分も講義を変えてみようかなと。
―積極的な院生さんですね。 その子は専門学校に教員として就職することが決まっていたことと、母校の高校の先生が講習会をやっているからという理由で行ったみたいですね。

 あと、授業の立ち上げの頃から、いわゆるハウツー本みたいなのは、読まないようにはしています。読むとその知識に安心して思考停止したり、引っ張られたりしてしまうので、自分がどうしたいかを考えた方がいいかな、と思います。

…インタビュ―の後

―Tシャツの言葉…better a broken bone, than a broken spirit とありますね。 このTシャツは気に入ってるんです。この言葉が好きなので。やりたいことをやって骨が折れる方が、やりたいことを諦めて心が挫けるよりいい!って捉えてます。多少ケガをしたって、挑戦した方がいいっていう感じですね。


 基礎的な内容を先生が講義した後に、学生がグループで自分たちの興味に沿って発展的な内容を講義するという形式や、学部生ではなかなか触れる機会の少ない論文を読んで進める課題などが、特徴的な赤坂先生の授業。講義の準備や課題を通して、必要な情報を効率よく調べて集めたり、コンパクトにまとめられるように、など分野を問わず役に立つ力が培われるというのも印象的でした!

授業百景第9回はいかがでしたでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!